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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)391号 判決

理由

一、控訴人が、原判決主文第一項掲記の債務名義に基づき、訴外会社に対する強制執行として、本件土地に対し神戸地方裁判所姫路支部に強制競売の申立をなし、昭和三七年一二月二五日同庁において右土地に対し強制競売開始決定がなされたこと、本件土地はもと姫路市仁豊野字宮ノ下南町二〇五番畑六畝二五歩の一部で、分筆および地目変更の結果同所二〇五番の一〇宅地七二坪となつたものであることは当事者間に争いがない。

しかして《証拠》を綜合すると、

本件土地の分筆前の土地である姫路市仁豊野字宮ノ下南町二〇五番畑六畝二五歩はもと仁豊野部落民の所有していたものであるが、軍の指定工場となつていた訴外会社(当時の商号は株式会社長谷川鉄工所姫路工場)が昭和一四年九月一〇日強制的に買上げたものであつた。そこで訴外会社が終戦後営業不振のため昭和二九年一二月二二日会社更生法による更生手続が開始せられて、訴外会社の不動産を換価することになつた際、更生管財人に就任した弁護士安平康は、もとの仁豊野部落民の希望に基づき同部落民に右土地を売渡すこととし、昭和三〇年三月一一日とりあえず右部落民の代表者訴外尾田徳次と売買契約を締結し、被控訴人は同年九月二四日右土地のうちの本件土地および他の一筆を買受け、昭和三一年一月二八日その代金を支払い、分筆や地目変更手続を部落の世話人に一任していた。ところが分筆や地目変更手続は昭和三二年八月二〇日完了したにもかかわらず、被控訴人への所有権移転登記がなされないままで、昭和三六年一一月一五日更生手続が廃止され、その後訴外会社代表取締役須鎗友一が死亡し、後任の代表取締役が長く選任せられない事情等が重なつて訴外会社から被控訴人への所有権移転登記が遅延し、本件強制競売開始決定のなされた後の昭和三八年一月七日に至つて右移転登記がなされたが、右買受後の本件土地の固定資産税は被控訴人においてその支払をしていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実関係からみると、前記強制競売開始決定がなされた当時被控訴人は本件土地の所有権取得の登記をしていないのであるから、後記のように控訴人に不動産登記法四条又は五条により登記の欠缺を主張することが許されない場合その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められるような特段の事由がないかぎり、被控訴人はその所有権取得をもつて控訴人に対抗しえない筋合である。

二、被控訴人は、控訴人は訴外会社の更生債権者として関係人集会等において訴外会社の財産の処分状況について説明を受け、また自ら訴外会社の財産を調査し、管財人に照会して、本件土地が被控訴人に売却処分済みであることを知悉しながら、登記簿上本件土地がなお訴外会社の所有名義であることを利用して本件競売の申立に及んだもので、被控訴人の所有権取得の登記の欠缺を主張することは甚しく信義に反するから、被控訴人は登記なくとも控訴人に対抗しうる旨主張し、控訴人は、これを争い、本件競売申立当時本件土地が訴外会社より被控訴人に譲渡せられていたことにつき控訴人は善意であつた旨主張するので検討する。《証拠》を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)(1)  訴外会社は前記のとおり会社更生手続開始後、更生計画が樹立せられ、その審議のための関係人集会の決議を経て更生計画は認可されたが、その後更生計画の遂行不能に陥り、管財人より更生手続廃止の申立をなし、関係人集会において利害関係人の意見を聞いた上昭和三六年一一月一五日更生手続廃止の決定がなされたこと、

(2)  控訴人(主務官庁通産省)は約六〇〇万円の更生担保権者で、かつ約七〇〇万円の更生債権者であり、控訴人の指定代理人が各関係人集会に出席していたこと、

(3)  管財人は、更生手続中度々、大口債権者である控訴人の主務官庁である通産省に対し、更生会社の財産の異動状況を報告し、本件土地についても分筆前の二〇五番の土地として既に処分済みであることを報告していたこと、

(二)  一方、通産省は、

(1)  昭和三三年九月三〇日姫路市長に対し更生会社の資産状況を照会したところ、同年一一月一〇日同市長より本件土地が公簿上更生会社の所有名義となつているが、現況は該当地が見当らない旨の回答を受領したが、更生会社の財産が前年度に比し非常に減少していたので、同省柴田事務官は姫路市役所に赴き調査したところ、右回答は、管財人と相談の上、売却処分したものおよび道路敷となつているものを除いたことによるものである旨の説明を受けたこと、

(2)  昭和三六年二月三日管財人に対し更生計画の遂行の状況および更生会社の財産の処分状況につき照会し、その照会の財産の表示の中に姫路市仁豊野二〇五番反別六畝二五歩(四畝一三歩)および同所二〇五番の一〇宅地七二坪(本件土地)が別に掲記せられていたが、管財人は売却していた二〇五番の土地(分筆前)の移転登記手続を更生会社の松本某に一任していたため、分筆の事実を知らず、二〇五番の一〇は更生会社所有の不動産中には存しないとして、同年二月八日付にて単に二〇五番の土地は数年前砥堀部落に売却したが、部落内で分割手続が延引しているため所有権移転登記は未了である旨回答したこと、

(3)  更に同年八月二六日付で管財人に対し更生会社の更生計画の遂行状況および更生会社の財産について処分不明のものとして姫路市東郷町大繩場一四五二番の二および同所一四五二番の五の原野二筆の処分状況について照会し、管財人より右原野二筆は依然として更生会社の財産として残存しているが、朝鮮人多数が不法占拠しているため、事実上売却処分不可能の状態にある旨の同年九月二日付の回答を受領していること、

(4)  同年一一月六日および七日の両日同省担当係官大平芳恵外二名において姫路市に出張調査し、管財人に更生会社の財産状況を訊したが、要領を得なかつたので、砥堀部落に売却した物件の目録および裁判所の売却許可書の送付を依頼したところ、管財人より同年一一月一一日付書面による、前記大繩場の原野二筆および姫路市砥堀字橋の爪所在の原野一筆、同砥堀一〇九〇番の一所在家屋のみが更生会社の財産として残存し、他は全部処分済みであり、仁豊野所在の土地のうちの一部が未だ更生会社所有名義となつているが、これは部落民に一括処分したもののうち買主の都合により登記未了となつているもので、登記未了のものについても各買主において固定資産税を納付している旨の回答を受領したこと。

(三)  通産省担当係官は、更生手続廃止後登記簿を調査し、右回答に処分済みと報告せられた二〇五番の土地以外に二〇五番の一〇の本件土地が訴外会社の所有として残存しているものと考え、かつ本件土地につき地目変更の手続がなされているので、本件土地が現存し、相当の価値あるものと判断し、本件強制執行に及んだこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

三、以上認定の事実によると、控訴人国としては本件競売申立当時本件土地が被控訴人に売却処分されていたことについて悪意であつたと認めざるをえず、本件強制競売申立を担当した通産省係官も今少しく綿密に管財人の右各回答を検討し、本件土地の所有関係について調査を遂げれば、容易に本件土地が既に被控訴人に譲渡され、訴外会社の所有でないことを知りえたであろうことは明白であるが、右係官、従つて控訴人が本件土地が登記簿上訴外会社の所有名義であることを利用して本件競売申立に及んだもの、とは到底認めることはできない。

四、ところで民法一七七条にいわゆる「第三者」に該当しないと認めるべきものは、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない第三者であるところ、ここに第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない場合とは、当該第三者に不動産登記法四条又は五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである。本件競売申立当時本件土地が被控訴人に処分済みであつたことにつき控訴人は悪意であつたと認めざるをえず、本件競売申立につき控訴人の主務官庁である通産省の担当係官が、本件土地がなお訴外会社の所有に属すると速断したことについて右係官にその責がないとは認めえないことは、前示のとおりであるけれども、控訴人が右説示の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたらないとはいうことはできない。

五、そうすると、被控訴人は本件土地の所有権の取得を控訴人に対抗することができないから、被控訴人の本件異議は失当として棄却すべきものである。

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